ロックフィッシャー佐藤文紀

ロックフィッシャー
佐藤文紀
(さとうふみのり)
元祖・根魚ハンターとして、数々のIGFA世界記録及びJGFA日本記録を有し、「根魚釣りの専門家」として東北〜北海道を拠点に全国各地の根魚を追い続ける。
又、フラットフィッシュや大型トラウトの釣りにも造詣が深い。
2011年、自らがプロデュースするブランド、PRO’S ONEを立ち上げた。
NPO法人ジャパンゲームフィッシュ協会(JGFA)評議員

キャッチアンドリリースのお願い

豊かな自然とグッドコンディションの魚を守るため、必要以上のキープは慎み、又、産卵前の個体やこれから大きく成長していく若魚は、ぜひともリリースを心掛けましょう。
釣り場環境への負担を最小限に抑えることで、次世代に渡り末永く楽しめることを願って―。

5年目の今日を想ふ(う)。

多くの方がご存じのスターダストレビューの名曲のひとつに、「木蓮(もくれん)の涙」があります。

特になんですが、東日本大震災後は毎年、この時期になるとこちらの歌詞に強く惹かれます。

好きな歌はいろいろあるのですが、その中でもスターダストレビューの「木蓮の涙」と「今夜だけきっと」のこの2曲はとりわけ心に染み入り渡ってきたことで以来、益々好きになりました。

 

幅広い年齢層に支持されているスターダストレビューですが、もしこれを読まれている貴方が10代、20代前半くらいまでのお若い年齢の方ですと、世間でいうジェネレーションギャップ等もあるかもしれませんが、ここはひとつ仮に存じあげないという方であっても、これを機に興味が湧いたらよろしければ調べてみてくださいね。

「木蓮の涙」で、調べればきっと歌詞に辿りつけるはずです。

 

①a

東日本大震災。

あれから、5年後の今日。

 

5年、歳を重ねた本日3月11日。

「もう5年」という言い方も出来る一方で「まだ5年」という言い回しも同時に出来るものです。

日本語の言い回しって、本当に奥深く難しいものですね。

 

あの惨劇は今も脳裏とまぶたに焼きついているため、この5年間、心の中ではいつも苦しかったです。

昨夜は当時の「リアル」を思い出し、心臓がトカトカし出して朝方までなかなか眠りにつけませんでした。

 

少し歳を重ねると感傷的になるようで、どうもいけませんね。

①b

ある日突然身に振りかかった未曾有の大災害。

①c

本震後も絶え間なく続く大きな余震にどうすることも出来ずに一人車内で過ごした夜。

不覚にもガソリンがほとんど入ってない状態だったことは、その後も大きな不安材料となりました。

 

2日間をミニバナナ1本でしのぎ、飢えに耐え、寒さに震え、原発爆発事故後の影響多大だったと思われる初期の冷雨に打たれつつ食べ物と飲み物を買うためにお店探しに翻弄したことも、津波の水引かずにチェストハイウェーダーを履いて水が引かない街中を海水かき分けて家まで辿りついたことも生涯決して忘れることはないでしょう。

 

東北の街に押し寄せた3月の海の水。

これまで見たこともない黒い色をした海の水でした。

とても冷たく、気持ち的に生きた心地はしませんでした。

 

気づけば震災後、4日が経過していました。

 

人探しの場に無造作に広がるたくさんの亡骸は目のやり場を失う反面、何も全くつかめない中を全身泥だらけになりながらも希望の光を探し夢見た日々。

この命と引き替えたとしても残る体力はこの際ぜんぶ使い果たしたとしてもいい、当時そんな思いでガレキをかき分け、スコップで体積した分厚いヘドロを掘り起こしたものです。

②

 

この世の終わりかな。

 

地獄絵図ってこれを言うのかな。

 

俺の人生もここまでか(だったら、悔しいな…)。

 

何度も突きつけられる、起こったあまりにも悲しい現実は、自身にとってもこれ以上に耐えようのないものであり、悲痛な苦しみと屈辱を身を持って経験したこともどうかこれがこの人生最後の苦難であってほしいと切に願うものであります。

毎日幸せを感じずとも、普通でいい。

平穏な「普通さ」こそが、実は一番幸せなことなんだ、ということをことごとく痛感しました。

 

この5年間、がむしゃらにでも働いて気を紛らわせていないと、精神的に持たなかったというのも一つだったのかもしれません。

打ち込める何かがなければ、とてもとても、もう無理だったと思います。

 

私たちが愛好している魚釣りは人生を楽しくしてくれる一つではあるものの、極論してしまうとお世辞にも世の中のため、人様のためになるものではありませんが、回り回って結果的に当時、自分の気持ちを救ってくれた存在になってくれたことは今まで長く続けてきたことが結果論として、「ひとつの力」として作用してくれたことはうまく表現はできないのですが、うれしかったです。

気持ち的に救われた。

 

個人的に弱音を吐くのは好きではありませんが、今日は私たちにとっては特別な日。

今日だけは許す、許される、心の毒抜き。

 

 

5年間の全力疾走。

そうですね。そろそろ、少し…疲れてきましたかね。

 

 

心の中ではまだまだ若いつもりでいても、この5年の間に齢も20代から30代となり、仕事上トレードマーク(?)になっていた茶髪の隙間からは微妙に白髪が気になるようになってきたことも認めたくない事実。

でも、それだけ自分も年齢を重ねているという事実はどうしたって、受け入れなければなりません。

 

 

物凄いスピードで迫り来る大津波の難をどうにか乗り越えて生き残った周りの多くは、地元から遠く離れて行った人が多いです。

 

もうこの街には住みたくない。

海を見るのも嫌だ。

気が狂いそうになる。

 

家族を失い、家を失い、職も失い…だから、新天地で人生をやり直す。

海のない場所に移住したい。

今後の人生設計を真剣に考えての決断は、決して間違っているものとは私は思わないです。

 

だから、肯定も否定もしないのです。

 

人、それぞれの事情は違うものであり、それゆえの考え方を尊重したいからです。

 

 

なので地元にいる友人の数よりも、遠方に広く散った友人の数の方が今では多くなったというのも震災を機に起こった事例です。

 

被災地に残る、どことなく気まずい雰囲気は、一時的に被災地に訪れたところでそうヒシヒシと感じるものではないでしょう。

しかし、あの惨劇からずっと今も被災地に残って生活を続けるということは、そう簡単なことではないのが実情です。

 

目にしたくなくても目に入って来る震災のなごりは、憔悴しきった被災者の心を時に更に追い立てることもあれば、街全体を包む暗さに耐えての暮らしから少し離れた時だけに解放される“心の空気の入れ替わり”は、とても心地よく感じらたりもします。

それが例え、一瞬だとしても。

 

 

「元気で。自分はもう少し頑張ってみるよ。」

当時、一人、また一人と去っていく友人たちを見送りながら、精一杯のつもりで自分が発した言葉でした。

 

 

ここでは、あれだけのことが起こったわけですから、最低でも一定の復興までに「10年」はかかると思っています。

それであっても復興には格差がありますから、被災地全域が同時進行で同一というわけにはきっといかないものと推測されます。

 

今はまだ道半ば。

まだ半分(5年)しか経っていません。

 

元々、人口少ない東北地方において近年では過疎化問題は深刻に叫ばれていましたが、少子高齢化という日本社会の波も押し寄せつつある現代において今後の東北地方が歩む道は更に多くの困難が伴っていることは震災後、一気に表面化し加速しつつあります。

市町村機能そのものの規模が縮小し、人口は今後更に少なくなっていくことは避けられない現実として多くの課題を残します。

 

 

釣りをする上で欠かせない「海」という水辺環境がありますが、この存在へもまた震災を機に新しい感情が湧いたことも確かです。

これまで抱いたことのない感情でした。

ただし、このことは海釣りをするうえでプラスには作用しないものであるから、言葉には出さずに、いつも心の奥底に押し込めることで、この気持ちを押し殺すことで平常を維持しようといつも己の中で奮闘してきました。

気を抜くと、わぁ~と一気に溢れ出すしょっぱい滴が自分でも怖いからです。

自分は男ですから。

 

だから、ふと何かの拍子に違和感を感じつつも、それとはまた別に好きだという気持ちもまだ強く残っているから、そこにまた新たな葛藤が生まれていく。

 

海と人との向き合い方の難しさを、まじまじと思い知らされました。

 

人生、難しいなぁ。と考えつつ、巡りめくってやってきた5年後の今日。

 

想いは人それぞれ抱えるものでありますが、人の苦しみにそっと寄り添えるそんな広い心を持った懐の深い大人になりたいなぁ、と誓う2016年の3月11日(金)。

③

啓蟄を過ぎ、緑が芽吹き、虫や春鳥たちも動き出し始めたことを見かけるようになってきたこの頃。

東北も、じきに春の訪れが近づいてきた季節。

 

サカナサク季節も間もなく…ということかー。

 

それにしても、シロザケやサクラマスは凄いなぁ…。

④

⑤

どんな苦難が振りかかっても、身を滅ぼしながらも海の向こうから生まれ育った故郷の川に戻ってくるのですから。

⑥

⑦

全力で命を全うしようとしているあの生き様は、サケマス特有の強さから引き立つ美しさであり、そこにまた魅力を感じさせられるものです。

 

2016年3月11日(金)の東北の空。

⑧

遠く長い時間はかかったとしてもー。

またいつの日か、未来に生きる東北の人々に心の奥底から溢れる笑顔が戻ってくることを切に願うばかりです。

 

 

 

今日ばかりは、どうも気の利いた言葉が思い浮かばずに乱文・散文となってしまいましたが、今日だけはどうかご容赦頂ければ幸いです。

 

来週からはまた元気に、楽しい話題を綴れればと思います。