ロックフィッシャー佐藤文紀

ロックフィッシャー
佐藤文紀
(さとうふみのり)
元祖・根魚ハンターとして、数々のIGFA世界記録及びJGFA日本記録を有し、「根魚釣りの専門家」として東北〜北海道を拠点に全国各地の根魚を追い続ける。
又、フラットフィッシュや大型トラウトの釣りにも造詣が深い。
2011年、自らがプロデュースするブランド、PRO’S ONEを立ち上げた。
NPO法人ジャパンゲームフィッシュ協会(JGFA)評議員

キャッチアンドリリースのお願い

豊かな自然とグッドコンディションの魚を守るため、必要以上のキープは慎み、又、産卵前の個体やこれから大きく成長していく若魚は、ぜひともリリースを心掛けましょう。
釣り場環境への負担を最小限に抑えることで、次世代に渡り末永く楽しめることを願って―。

サカナ色、咲く海に。

①

約束の色は、「初心忘れるべからず。」という自分への戒め(いましめ)の色であり、あの時の(高校時代の)ワクワクした気持ちをいつまでも大切にしたい、という願いの色。

 

②

芸達者な人生の大先輩と交わした言葉の約束は、いつしかの自分がそのような心の広さを満たした時に「コイツ、本当にいい奴だな!」と思う年下の者にさりげなく、手を差し伸べられたらいい。

 

 

そして3つめ―。

今年最後の綴りとなる今回はこれでしょう。

東日本大震災被災地のいち早い復興への願いを込めて綴る、「サカナサク、海の旅。」への旅を終えての想いです。

③

この“サカナサク、海の旅。”という連載は、釣り雑誌「SALTWATER」(地球丸)で私が一年に渡り書き綴った作品。

毎回のページに挿入されていたこの画も、色鉛筆での走り描きではあるものの、この旅のイマジネーションを膨らませて私が描いたものです。

 

私が抱いた感情やその願いというのはその一年間に渡る連載誌面で十分に綴りましたので、あえて今ここで改めて述べるものではありません。

 

被災地の方も。被災地外の方も。

それぞれの立場でそれぞれの地域の方々が貴方ご自身の基準で判断してもらえたらいい。

 

釣り雑誌なのに釣果優先でもなく、対象魚も予め設定しない“行き当たりバッタリ”の旅路。

そこで出会う風景や人、生き物や食べ物をありのままに感じ、書き綴る。

こんなスタンスの釣り連載は過去にはなかったはず…。

 

だから、自分がこれをやろうと思ったんです。

私色の世界観から見る視野はごく狭いものであり、これは、ただ一人の戯言(たわごと)に過ぎないけれど、一人でも多くの読者の方の目に留まり、被災地の「今」に触れるキッカケになってもらえたら…それこそがこの企画の本望でもありました。

 

それに旅行好きなんです、もともと。

別に、釣り竿片手でなくてもいい。

必要だとすれば、カメラ。

人の記憶は次第に鈍るから、その取っ掛かりを思い出すだけでも自分の瞳に写した情景の一部を「写真」という額縁に切り取っておけば、それをもう一度見た時に脳がそれを思い出す。

つまりは眠りかけていた記憶が蘇ることがありますよね。

 

いずれにしても、大勢でワイワイ、ガヤガヤというよりも、一人でふらっと自由気ままに出かける地味な旅(笑)が好きなんですよね。

 

だから、そんな雰囲気もこの連載の中の特色のひとつとして醸し出せればうれしいなぁ、とも思い続けてまいりました。

 

私の住む東北の宮城県ではイシモチ(ニベ)は夏の魚なんです。

それを3月に千葉県九十九里浜で釣ったのは東北人でもある私にとっては春を、いや夏の雰囲気を先取りした気分にも浸れましたし、連載中だた1度のみ実釣を伴わなかった回である福島県の東京電力第一原子力発電所の周辺区域を訪れた夏の回には過去の木戸川でのサケ釣り体験を何度も何度も思い出すものでした。

④

⑤

 

冬―。あたり一面の銀世界に包まれた厳寒期の青森県六ケ所村の砂浜で投げたルアー。

⑥

旅の終着地での身も凍るような寒さの中、この海の向こうには北の大地・北海道があるんだよな!と噛みしめつつ、真っ白と真っ青のコントラストを成す海に正対したのも今では良き思い出です。

 

こうして一年間に渡って先の大震災の津波被災地を巡る中で、津波の直接の被害はなかったけれど大地震そのもので被災している地域もまた多かったのもやはり事実です。

栃木県の宇都宮なんかもそうでした。

⑦

⑧

あまり報道されにくかったかもしれないが、実際は本当にひどい被災をしている地域ってのもまた多いんですよね。沿岸から離れた内陸部でも、やはりあれだけの大震災だったわけですから受けた傷って、そう易々と消え去るものではない。

 

人の心もそうだと思います。

 

今でも亡くなっていった人のことを思い出すと、とりとめもなく悲しい気持ちに支配される自分もまたいます。

この傷が生涯癒えぬこともまた自分では覚悟しているし、時に湧き上がるこのドス黒い感情さえも必死にコントロールしなくては「自分が自分で」いられなくなる。

 

被災地で生きるって、そういうことなんです。

それはそれで辛い運命さえも背負わなければいけない。

 

しかし、そこに希望はなかったか。

希望はないのか。

という真意を探るべく出た旅が「サカナサク、海の旅。」でした。

 

あくまで私的な感想に過ぎず恐縮な限りではありますが、これまでの釣り師人生、どんな実釣ロケよりも別な新鮮味がありました。

 

最終的な目標としているところが、ただデカい魚を釣ればいい、テクニックを解説すればいい、というところではないからだったのでしょう。

⑨

我々と同じくもう一度、必死に生きようとしている仲間達との触れ合いの旅。

それが、一連の「サカナサク~」で私が大切に、大切に、していた“心”の部分です。

 

演者であると同時に筆者(著者)でもある私もまだまだ書き綴る腕が足らず、伝えるニュアンスや一般読者との温度差をどこまで縮められるかは毎回のテーマでもありました。

⑩

それでも目くるめく、一年の旅路はこの春に終焉の地を迎えることが出来たのは、ひとつの達成であり、「やりきった!」という区切りの気持ちを感じることも出来ました。

 

発生から、じきに4年目を迎える東日本大震災。

⑪

報じるメディアは少なくなり、今では被災地のタイムリーニュースもなかなか知る機会もまた減ってきていることと思います。

その間にも未だに原発問題とて収束したわけでもありません。

 

私の世代でも完結することが難しい、長い、長い、果てしなき道。

深く、険しいその道のりはこれからもきっと続くのでしょう。

 

それでも、人は生きる。

未来のために。

 

例えまた悲しいことが日本のどこかで突如として起きてしまったとしても、これが極めて例外的だったことだとしても今回のようなことは二度と起きてはならないものである、とやっぱり思うんです。

見えない恐怖に怯え、子供の将来を按じ、たくさんの人が今もなお、苦しんでいるのですから。

 

海の中が生き物で溢れる、サカナ咲く海がもう一度、いつしかのかの地にも戻る時がやがて訪れることをいま一度願いつつ、「魚釣り」を目的に海辺に人が自然と集ういつしかの日本の風景を思い描きながら、今年度の最後の私の綴りとさせてください。

 

 ※

この冬もまた寒いですね~。

なにかと体調が変動しやすい時期です。

風邪など召されませんよう、どうかご自愛しつつ。

 

また来年も―。

誌面で、画面で、あるいは釣りの現場で、貴方様とお会い出来ることを楽しみにしております。

⑫

「サカナサク、海の旅。」も一年に渡るご精読も誠にありがとうございました。

改めて、感謝・御礼申し上げます。

 

そして、この旅路を私と一緒に二人三脚の力で共に歩いて下さった若林カメラマンにも重ねて厚く御礼を申し上げます。

ご一緒させていただいた貴重な時間。人生の、大きな糧を得た気がしてなりません。

 

今年一年も大変おつかれさまでした。

それでは皆さん、良いお年を!

 

来年もどうぞよろしくお願い致します。

 

 

 

2014年、年の瀬。

佐藤文紀